象亀庵(仮)

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2018.01.01 Monday

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2011.05.09 Monday

ミーナ−立ちあがるアフガニスタン女性

このゴールデンウィークは例年より本を読んだような気がするが、
特に印象に残った一冊。

イスラムの教えを曲解?した考えが根強い、アフガニスタンに女性で生まれ、
長い間虐げられていた女性を解放しようとRAWA(アフガニスタン女性革命協会)
という団体を立ち上げ、世界にも知られ始めた矢先に志半ばで命を落とした、
ミーナという女性の闘いの記録。

ミーナの家は、父が割合進歩的な考えだったため、教育も受けさせてもらえ、
大学にまで進学できた、数少ない女性であったが、生まれてから家の外で受ける、
数々の女性差別、日本とは比べ物にならないくらいの差別に触れており、
それを自分が弁護士になることで女性を自由にしようと勉強していたが、
ファイズ・アーマド医師との結婚、RAWAの発足等で、彼女の運命が大きく変わっていく。
ファイズが自分も毛沢東思想に基づく政治団体を運営しており、考え方は違っても、
彼女が女性の差別をなくしたいという考えに理解を示した。
アフガニスタンにソ連が侵攻し、その後ろ盾を得た勢力が、自分達に抵抗する人々、
男性のみならず女性も逮捕していく危険な状況でも、
女性の地位向上と自由のために活動をした結果、ようやくフランス社会党大会で、
自分達の窮状を訴える機会が出来たが、それ故に、顔が広く知れ渡ってしまった。
狙われるのを避けるためパキスタンに一時的に避難したが、避難先の難民キャンプでも
難民の子供たちが学べる、学校を作ったり、女性が働ける裁縫所を作ったり、
病院を建設したりと、常に弱い女性や子供達のために働いた。

彼女は道半ばにしてこの世を去ったが、それでも彼女と共に活動をしたメンバーが
その遺志を継ぎ、活動を続けている。
日本語版が出て、訳者(RAWAと連携する会)の人たちの尽力で、
日本語用のホームページが立ち上がっている。
日本のフェミニストの人たちも、できれば、RAWAの女性達の状況を知ってほしいものだ。


2018.01.01 Monday

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